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9/17(日)
終わったー!万歳!!
打ち上げだー!最悪ー!!
私は打ち上げが嫌い。特にナイロンの打ち上げは嫌い。終わった芝居の人達と今更何を話すのか?って気分になるんだよなー。真面目な話とかしちゃって言われたくないこととか言われても、劇団員とはまた一緒に芝居やるから遺恨が残るし、小楽しくてどうでもいい話をするには時間が長いし・・・てなことを考えるので、打ち上げではいつも「早く劇団とか辞めたいなー」って思う。ま、いつもそう思って、いつも辞めないんだけどね。ともかく終わって嬉しい。
帰りは、廣川・大倉・私をみーやんが車で送ってくれた。感謝。
車内で廣川さんが「松永さんともしばらくご一緒することないですね」と言った。何をぬかす。3ヶ月後には『カフカズ・ディック』の稽古場で顔を合わせているし、それ以前に今週末にはそれの写真撮影でご一緒するさ。忘れないでよ、私のこと。
台風もどこへやらものすごく晴れている。洗濯日和。でも今から寝るのでお天道様が照っている間には洗濯物は干せない。ああ、もうとっくに9/18の日誌になっている。
次回の稽古場日誌の更新は、来月頭から稽古が始まる『人間風車』。きっと上辺だけのおざなりな日誌になるだろうが、まあ読んでちょ。
9/16(土)
夜公演の最後の方で、また大倉君のタンクトップをかいでみる。
昨日よりはましだが、やっぱりむせた。それを見ていた長田さんもかがせていただいたようだ、ちょっと気持ち悪そうに椅子に座っていたから。
9/15(金)
最初の方の2000年の廻家と上手2Fの時次の部屋のシーンの間、つまり最初の空港のシーンは、私と大倉君のちょっとしたトークタイムになっている。
毎日色んな事を話したが、楽日も近いということで、今日は大倉君のシャツの下の黒のタンクトップの臭いをかいでみた。予想だにしない強烈な臭さにソデ中で静かにしなければいけないという状況も忘れむせてしまう。
くっせー!
汗っかきの大倉君ばかりが悪いのではない。前日の終演後に洗濯して、今日の正午にはもう着ているわけ。もし乾燥機がなかったとしたら、そして雨が降っているとしたら、そりゃ細菌もわくわな。部屋の中に干していつまでも生乾きのバスタオルの臭いの強烈版。どう咳をしたところで、いつまでも鼻の奥が臭かった。
星屑の会の水谷さんとラサールさんがいらっしゃる。なぜこんな日に・・・。明日は昼公演だから入り時間が早い・・・でも当然飲む・・・辛い・・・。
とは言え、皆で飲んだ後、水谷さんともう一件行く。狭い赤提灯だったんだけど、二人ともものすごくデカイ声で喋っていたので、きっとおやじさんは嫌〜な気持ちになったことだろう。昔のコントのビデオとか井上ひさしの本とか貸してもらう約束を取り付けた。嬉しい。
出れるといいね星屑の会。
9/14(木)
一昨日出されたダメ出しは「最後の空港のシーンの灰皿を、シカに渡しているように見えないようにやってくれ」だった。
今日はケラさんが開演から終演まで観るという。ちゃんと・・・と思ったら、灰皿の重みをリアルに表現しすぎて、思いっきりすっ転んだ。両手は灰皿でふさがっていたので、膝から落ちた。顔から落ちなかっただけ不幸中の幸い。
お客さんは「そういう演出」と思っただろうが、共演者達の顔はものすごく引きつっていたさ。ソデにスタンバっていた安沢の証言によると、異様な音で、ソデ中のスタッフさん達も一瞬にして緊張が走ったらしい。当の本人の私は、音の割にはダメージがなかったので、「ああビックリした、どうやって芝居つなごうかしら?」と暢気だったのだが。
アンケートを読む。
9/12「1コ前の席が新谷真弓さんでした」残念ながら新谷はこの日は来ていません。どっかの誰かです。で、この人、新谷の後ろに座ったので「オギオギしてしまって芝居に集中できた」じゃあいいじゃねーかよ!
14才のセーラー服姿の葉子が言う2014年の元号の漢字を考えてくれた人もいた。「眼下」正解は「元賀(がんが)」。「でんぶ14年」ってのもあった。正解は「元賀12年」。何もかもが雰囲気しか伝わっていないという事実が判明した。雰囲気だけおといえば、私の元にこんな内容のメールを送ってきた人もいた。「ラストで、葉子が左腕の黒い腕章?みたいなものをなんかしてたみたいですが、あれは、何か意味があったんでしょうか?」大いにあった。まず腕章ではなく喪章ね。そして、プランBは時間軸を超えて実行されちゃうんだってことね。カンダタはネタを忘れ、書いた当人もネタを忘れ、葉子は誰が死んだのかも忘れるっちゅう悲しいお話。
「1945年の女中さんのこんな顔の方の人(絵入り)好きです。」私じゃん。「故林広志さんの公演の時から面白い人だなあと思っていました」ってだからそれは村岡だっつの!
9/10(日)
シリーウォークに送られてきたアンケートを読む。
「ダンスの時の松永玲子さんの足の上がり具合に感動。」これは大間違い。私の足は全く上がらない。そんなことしたら即ぎっくり腰だ。村岡希美です。もしくは長田奈麻だけど、間違えるとしたら村岡でしょ。
そうそう、またアンケートに「松岡さん良かったです」ってのがあった。でもこの人、私のことは「松永さん」って書いていたので村岡を松岡と思っているらしい。ってことは、今までの公演で松岡と書かれていたのも、村岡宛てだったのか・・・ショック・・・。
上演時間が初日より5分延びていると言う。普通短くなるけど、5分も!笑い待ちしたりしてるからか?と思ったが、そんなことはなかった。2000年の廻家のシーンばかりが延びているそうだ。というか、そこしか延びてないらしい。となると、出演しているのは6人ぐらいに限られてくる・・・というわけで、今日はちょっと巻き気味にやってみたら、大倉君の舌がもつれまくってしまった。もう巻くのはよそう。
9/9(土)
アンケートを読む。
9/8「回転が多くてメリーゴーランドみたいだった」なんかとっても素直な、そしてちょっと上手な例えで○。“最近観た面白い芝居”の欄には愉快なことが書いてあったよ。「七人ぐらいの侍」・・・そうなんやけど、こんなわかりやすく間違えられるとなあ・・・。「G3のグリフトの手口」・・・処理能力が速くなっちゃったんだ、じゃあ次はG4になるんだ。進化する演出家ってちょっとカッコいい。
マチネが終わったら、ソワレの開場1時間前だった。キツキツ。普通、マチソワの間は昼寝するもんよ。今回は道具でソファーとかベッドとかあるから、寝心地いいやーって思ってたけど、寝てる暇なんて全くナシ。
二幕の頭の1945年の女中のシーン、付けられた演出は「バカにしてかかれ」。私の台本にもでっかく書いてある。初心に戻って、夜は思いっきりバカにしてかかったらいい反応が返ってきた。が、確実に笑いが取れる一言で、誰一人笑わなかった・・・天狗になっちゃいかんね、人間。こんな日に限って、カメラが入ってんのな。
9/5(火)
AGAPEの座長登場!
おかしなもんで、AGAPEにケラさんが来ると、なんか保護者が来てくれたような気がして感動するし、ナイロンにキッチュさんが来るとこれまた保護者が来てくれたような気がして感動した。
池田成志兄貴も来たし、もちろん飲みに行く。終演時間が遅いせいで、ちょっと飲んで時計を見ると、すでに終電はない。ちゅうこって、気がねなく飲む。久々にAGAPE座長の手品も見たし、満足満足。
9/4(月)
昼間、サントリー・サタデー・ウェイティングバーの収録。今日はリエさんと共演。
収録が早く終わったので、劇場入りまでの時間に恵比寿三越に行った。お気に入りのブランドでお洋服を・・・と思ったら店舗がリニューアルされていてお気に入りのブランドは消えていた。何か買わないと腹が納まらなくなったので、早々に下北沢に移動して100円ショップで別に欲しくもない物を買った。
じゃ〜ん。恒例のアンケート紹介。まずは驚くべき内容から。
9/2昼「笑ったり、これはこういう意味って少々話しながら、隣の人に『しゃべるな』と怒られ、残念でした。笑っちゃいけないなんて無理です。」・・・しゃべるなら二度と来ないで欲しい。困るのよ、こういうお客さん。だって、笑い声を注意されたわけじゃないじゃん。意味とかしゃべるなよ本番中に。舞台上の役者は、お客さんの咳やくしゃみや荷物の音や笑い声の長さまで気にしてやってるのね。聞こえなくても支障のない台詞はいっぱいあるけど、どの台詞も作家の身を削って書かれた言葉だから、できるだけ大事にしたいのね、少なくとも私は。これを書いた女性は、なんとナイロン観劇17回目。毎回アンケートに「隣の人が笑いを説明していて嫌でした」とかってのが一枚はあるんだけど、こいつだったのか!って思ったよ。
9/2夜「華のある役者がいなかった」・・・すみませんねー。『絶望居士のためのコント』の時にも「役者がチープだった」と書かれたが、看板みのすけが加入してもダメだったのね・・・。
9/3日「松永玲子がお気に入りと言ったら、しゅみわるーと言われた」・・・すみませんねー。これを書いた男性は字が汚かったので、より一層私の心に突き刺さってしまいました。汚い字って心に直球で入ってくる。ちなみに裏には「峯村さんこわー」って書いてあった、もちろん汚い字で。二人共もうビックリ&ガッカリだった。
9/2(土)
二日目。
起きたら体中がむくんでいた。でもこれ、私だけじゃないみたい。同じ楽屋の、今江さんも安沢も澤田も言ってるし。
ロビーでダメ出し。・・・私、一つもダメ出されなかった・・・いっぱい出されても困っちゃうけど、0ってのも困るっつーかちょっぴり悲しい。
昼はやっぱりボーッとしてる。台詞かんじゃったし。お客さんもボーッとしてる感じがした。まあ昼公演ってこんなもんだけど。
上演時間が長いので、昼公演と夜公演の間はめっちゃ短い。その短いところに、ケラさんの長いダメ出し。私は廊下で牛丼を立ち食いしながらダメ出しを聞いた。
夜、お客さんはフィーバーしている。土曜の夜公演ってこんなもんだ。ヘトヘトだ。ラストシーン近く、ソデで待機している私は、思わず床にへたり込んでしまった。ふと見ると、リエさんも長田さんも大倉君もへたり込んでいた。みんな、いっぱいいっぱいだ。
最大の地獄はとりあえず今日で終わり。
9/1(金)
初日。
裏の段取りは死ぬほど大変だ。稽古場でもその大変さは容易に想像できたが、想像を絶するとはこのことだ。あの舞台裏を見せる方が、見世物としてはダイナミックかもしれない。
開演直前、初日の挨拶のため、各楽屋を互いに回るのが恒例になっている。男子楽屋で小市さんに「玲子ちゃんと10年振りに、しかもこういうところで共演するのは感慨深いものがある」と言われ、ちょっと泣きそうになった。きっと互いに色々あった10年だもの。どっちかが役者をやめてしまっていたら、どっちかが病気になっちゃってたら、小市さんが素敵な役者さんじゃなかったら、こんなことはなかっただろうなー。共演とは言えほとんど絡まないけど、なんかちょっとした縁とか運とかを感じた。これこそが「ナイス・エイジ」なのかもしれない。
ものすごい緊張感の中、『ナイス・エイジ』の1ステージ目終演。やっぱ集中力がドクドク出ていると無理だと思っていたことでもなんとか出来ちゃうもんなのね。
8/31(木)
仕込み三日目。
下北沢の神社から神主さんを呼んでお祓い。今回の神主さんはけっこう長時間起立させたよ。そうでなくても疲れ切ってるし、睡眠時間も少ないので、貧血起こしそうになった。
終わらない場当たり。
お祓いの甲斐なく、怪我人続出。複雑な舞台なので芝居に集中しちゃったら怪我をする。私も早速向こうずねを強打。同じ場所で同じ部分を強打した役者が三人いる。確実に危険ゾーンなんだけど、舞台の構造上どうしようもない。もう一度同じ所を打たないように願うだけだ。
8/30(水)
仕込み二日目。
12時集合。久々にゆっくり寝た。
17時頃から、舞台監督による舞台の説明や確認等があり、危険と隣り合わせのセットだということがよ〜くわかる。私は暗転に弱い。いわゆる鳥目というやつなのか、暗闇で何も見えない。役者は、蓄光テープという暗闇で光るテープを頼りに暗闇の中を自在に動くのだが、私にはほとんど見えていない。かすかに見える光と勘で動いている。ってことは、目は悪いけど勘はいいのかもしれない。舞台上で何が危険かって、この暗闇の中で危険な場所に行くことである。場当たりしてみると、私ってば、ほとんど何も見えていない状態で危険な場所に行く行く。
明日はお祓いがあるので、積極的に祓ってもらうこととする。
8/29(火)
仕込み一日目。
9時から搬入。さすがに3時間睡眠で搬入に参加するのはきつい。
以前なら「吐きそう」という感じだったのだが、年も年なので「意識不明になりそう」という感じだった。
8/25(金)
今日も11時集合。な〜んか皆ヨロヨロしている。
まずは、昨日の通しのダメ出し。ケラさんからのダメ出しも多いが、役者からの疑問質問も多くて、いくら時間があっても足りない感じ。
16時から、映像撮影のため、ケラさんや数人の役者が不在になる。舞台装置の仕掛けチェック後、解散。フラフラな役者達をちょっと休ませようというスタッフさんの配慮である。ホント嬉しいよ。
明日の入りは10時半!おいおい、どんどん早くなっていくよ、大丈夫か!?
帰宅途中、私がやる葉子役のジーンズを買う。見栄を張って1サイズ小さめにしてしまった。汗かいた状態で早替えは無理かも知れない・・・パンツまで脱げちゃうもんね〜。
8/24(木)
稽古場行きのエレベーターの中でケラさんに会う。
昨夜の稽古後、立て続けに打ち合わせがあって、昨夜から稽古開始の11時の10分前までず〜っと同じファミレスにいたそうだ。ファミレスなので当然一睡もしてない。これから演劇を志す皆さん。考え直した方がいい。こんなにも辛いことになるから人生の選択を考え直せって意味と、もっと楽に演劇できるようなシステムを考え直せって意味の両方ね。
今日も12時間以上稽古場にいた。夕食は数人で中華の出前を取った。ちょっとしたご馳走に満足。だが、この夕食は実は優雅でも何でもなく、皆10分でかっこむような食事だった。食事後、初の通しだったから。
いや〜舞台装置が大変なので通しも大変。舞台裏のスタッフはもちろん大変。自分の出演シーンじゃない役者も舞台裏でスタッフと化して大わらわ。3時間芝居で例え自分の出演時間が計30分だったとしても、否その方が、人としてはとっても忙しい状況におかれているのだ。
帰宅して、いつものようにテレビを楽しむつもりが、テレビちゃんが「フグの死」を伝えた後で「ブチッ」っと、緑の光を放って死んでしまった。もう何も言ってくれない。これじゃ何もやる気がおこらないよ〜。朝から夜中まで稽古で買いにも行けないよ〜、最悪、ドン・キホーテで買ってやる!なんか今私不幸。
8/23(水)
今日は稽古場に13時間いた。いくら稽古時間の長いナイロン100℃とは言え、史上最長だ。
衣装合わせ。100着以上あるらしい。合わせても合わせても終わらない衣装合わせ。自分はこんなに着替えるのかと改めて知り、愕然とする。私はまだましかも。廣川さんなんてエラいことになってる。
夜、2幕だけ通す。役者スタッフの差なく、稽古場にいる全員が疲れ切っている状態だった。
8/22(火)
チケット売れ行きの集計が出る。
やっぱ土日はすぐ売れるな〜。それに比べて平日はどうよ。なんでこんなに差が出来ちゃうのか?下北沢だから?ナイロン100℃は上演時間が長いから?確かに長い。本編だけで3時間強。これに休憩が入って・・・。
8/21(月)
志賀さんがTシャツを下さった。
私と志賀さんはカップル役を演じるシーンがあるのだが、この時に人には絶対に聞こえないような声量で話し込んでいるのだ。ある日、志賀さんがすっぽんのイラストのTシャツを着ていらしたので、ツッコんでみた。「誰にもらった物なのか、なんで家にこんなTシャツがあるのか、まるでわからない。新品だったので着てみた。」「確かにそういう出所不明なTシャツはどこのご家庭にも1枚や2枚はありますよね〜。」という会話の末、今日、出所不明でしかもサイズが小さいTシャツを発見した志賀さんが、私にTシャツを下さった・・・というちょっといい話。
8/17(木)
続々と新しい台本が。
私の役もどんどこ出てきた。やっぱりこの時期に泣きながら覚えるのねっ。ま、これぞナイロンの醍醐味だけど。大丈夫。ケラさんのホンならすぐに覚えられるわっ。
稽古場に来た衣裳の三大寺さんに「このページの葉子は18才で、このページの葉子は14才なんで、そういう年に見えるようにして下さいね」って言ったら絶句された。私自身も申し訳なく思っているよ。
帰宅してNHK見てたら、永井荷風と谷崎潤一郎の食生活番組をやっていた。ほんと粋なのか行き過ぎなのかわからない人達だ。リエさんと玉乃井に行く計画を立てている。憧れるよなー、ああいう時代のああいう店。
8/15(火)
終戦記念日。
今回戦争時代もやるんだけど、黙とうしなかった。大丈夫かしら?
稽古三昧。私はついに四つ目のキャラを演じている。着替えがなー・・・大変そう・・・。
帰宅後、テレビの街頭アンケートを見て絶句する。真珠湾攻撃の日、つまり開戦日を知らない人ってこんなに多いんだ。来年、是非とも映画「パール・ハーバー」を観に行って欲しいものよ。更に驚いたことには、終戦記念日を知らない人もいる。終戦記念日なんて、積極的に知ろうとしなくても高校野球の中継ででも耳に入って来るじゃん。戦中派でも知らない人がいたってのは一体どういうことだ?ボケてるのか?
8/14(月)
今日から遠いスタジオで稽古。
倉庫を改造した稽古場なので、雨が降ったり雷が鳴ったりすると、台詞が聞こえなくなる。早速豪雨。その上雨漏りで大慌て。
以前、日誌に1962年を調べた偉い私の話を書いたが、訂正しておこう。実は1964年だったので、あの日の私の努力は全て徒労に終わった。アホかわしゃ。台本読めっちゅうねん。でもまあ1965年とか調べなくて良かった〜。
8/11(金)
1幕の1〜4場を通す。
長い。まあこれからカットしていって、最終的にはキュッと締まるんだろうけど。
稽古後、『フローズン・ビーチ』のビデオに付けるブックレットの文字チェックをする。『ナイス・エイジ』の初日に発売されるらしい。自分の“旬”だった頃を思い出し、懐かしくなる。
ケラさんに『ナイス・エイジ』のパンフに掲載する、しりあがり寿さんのマンガを見せてもらう。書き下ろしだそうだ。面白いというかカワイイというか。爆笑。
明日明後日は稽古が連休なので、当然のように飲みに行く。
対人恐怖症気味の私だが、恐怖症をぶっ飛ばすには、恐怖な状況に慣れるしかない。でもやっぱり恐怖症がひどくなる。人って怖い。本音なんて聞きたくないね。互いにひたすら褒め合ってればいいのに・・・。もしくは、常に本音を言い合っていればいいのに・・・。
8/9(水)
ぴあの取材。
稽古場にカメラが入る。しか〜し「人数の都合で・・・」と私は外される。人選に文句はないけ正直なところどガッカリした。
高低のある舞台セットをフラットな部屋で稽古しているので、見ていると頭の中がぐしゃぐしゃになっていく。こういう時、ケラさんってすごいよな〜って思う。自分の頭の中では、ちゃんと高低を想像して見てるんだろうな〜。私には一生出来そうにもないこっちゃ。
稽古後飲みに行く。女子が多かったせいか、結構キャーキャーと楽しい飲み会だったにも関わらず、色々と傷ついた。言った人は、別に傷つけるつもりなどなく発言しているんだけど、私が勝手に傷ついた。人って怖い。どんな発言でどう傷ついているかわからないし、ちょっとした発言をどう受け取られているかわからない。どんどん無口になってしまう。何も言わないのが一番。でも何も言わないと「何考えてるかわからない奴」ってことで責められそう。怖い。すっかり対人恐怖症。話を上手にかわせる人間になりたいものよ。
自分の神経が過敏になっているのがよくわかる。ちょっとしたことに一喜一憂で忙しい。
8/8(火)
美術の加藤ちかさんと衣裳の三大寺さんが来る。
ちかさんは韓国での仕事を終え帰国したばかり。三大寺さんは「七人ぐらいの兵隊」と並行している。忙しすぎて寝る暇もないんだろうな〜。
稽古後、稽古場近くに住んでいるヤソチンと飲みに行く。
あっちもこっちも稽古中。稽古の話なんか互いにあんまりしていないが、相当長時間飲み食いする。何をそんなに話していたんだろうか?
8/7(月)
今日から昼夜共稽古。
台本は休憩前まで出来た。休憩前・・・そう『ナイス・エイジ』は超大作なので途中休憩がある。
今回はSEで雷の音をよく使うのだが、今日は生雷がひどかった。稽古中にカラッと晴れているのも悲しいものがあるが、大雨なのもいかがなものか。
また声がこもった。なるほど、大泣きしながら台詞をガンガン言うと、左の鼓膜がキュッと奥に入る構造らしい、私の耳は。演技のやり方を変えたら声もこもらなくなった。コツはつかんだ。
8/4(金)
稽古場日誌なのに中耳炎治療日誌と化していく。
中耳炎は昨夜の内にすっかり良くなった。声もこもらない。ホントに抗生物質のよく効く体。
稽古はいっぱいやってるんだろうけど、自分のシーンはほとんどやってない。自分の役よりも、自分が本番では絶対にやらない「声」というのを読んでいることの方が多い。っつーか、出番が少ないから稽古もしてないんだわさ。
稽古後、耳鼻科へ。
私、耳鼻科大好きなのな、気持ちいいから。耳の中に薬塗ってもらうのが一番好きなんだけど、これはなかなかやってくれないのな。急速に治ってしまったので「もうこなくていい」と言われてしまった。ちょっと悲しい。
8/3(木)
左耳に声がこもる。
もしやと思い例の凄腕の耳鼻科に行ったら「真性中耳炎」と言われた。またか・・・。一年ちょっと前、『D/J』っちゅう芝居の時には泣きを見たのだが、学習しない私であった。
先生が言うには、夏場は中耳炎が多いらしい。子供はプールがあるからなのかもしれないが、大人も多いらしい。
前回は酒や煙草を止められたが、今回は、飛行機と新幹線と高速エレベーターを止められた。要するに気圧の変化はダメってことだ。厳密に言うと高速道路も地下鉄もダメなんだろうな。新幹線とまでは言わなくても特急系もダメだろうし。稽古休みに大阪にアザ治療に行こうかと思っていたが、この診断によって断念。
この先生はキャラメルボックスからもなんだか表彰されている名医なんだが、ナイロンのスケジュールもしっかり頭に入っていたようで、「えっと松永さんは8月終わりから本多劇場ですよね」と先に言われた。営業努力っつーのかなー、こういうのも。抗生物質をもらって帰る。
地下鉄で鶴光を見かける。う・・・嬉しい。鶴光の「初天神」、久しぶりに聞きたいなー。あんな淫猥な「初天神」は他にない。
8/2(水)
稽古終了後・・・って、稽古場日誌なのに稽古終了後日誌と化していく。
力付けるかってことでケラさんも含めて9人で肉を喰らいに行く。しゃぶしゃぶを主張したが、大倉君の「今日は焼肉食べたい」の一言で焼肉へ。ライスを食べちゃったのでそんなに大量の肉は喰らわなかった。それでもお腹パンパン。
ケラさんは食事後、みのすけ・犬山の対談に立ち会うと言って去って行った。その後、数人でなぜかカラオケ。笑いすぎてすっかり疲れてしまう。
帰宅した私は本当に抜け殻のようになっていた。スタミナ付けたんだか何だかわからない。
7/31(月)
稽古終了後、グループ魂LIVE初見。
知り合いばっかりなのに初めて観るってのも失礼な話?
あまりの人の波に嫌気がさして、ナイロンの何人かで開演まで表でビールを飲んでいた。だって私ら二階の指定席なので、余裕じゃん・・・って思ったら、知らない内に開演してて、大慌てで中へ。受付も知ってる人なので恥ずかしいったらありゃしない。
二階は静かだった。年齢層も高いし。三宅兄さんの活躍に「ヒュ〜!!!」って盛り上がる、うちらだけ。大堀光威君のCCBで更に盛り上がり、リエさんの登場で更に更に盛り上がる、うちらだけ。LIVEに行って「空調寒すぎ」って思ったのは初めてだった。いかに余裕な席でじっとして観ていたか、わかっていただけるだろうか?
それにしても阿部君ってばすごい人なのな。今日から私の中のカリスマになった。ため口きくの、控えよっと。パパか〜。すでに子供を溺愛しているらしい。コントの中では早速殺されていたけどな、子供。
7/27(木)
抜き稽古。
全員参加の稽古ではなく、シーン毎の稽古のため人数が少ない。効率的だ!
なんか客演の皆さんってもう台詞入ってるのな。私も台詞入ってたよ。台詞がまだ圧倒的に少ないのでそりゃその場で覚えられるわ。
明日から三連休。
7/26(水)
ローソンのラジオCM録り。
商品名で舌がもつれそうになる。それでもちゃんと言える自分に自分で感心する。私の舌ってすごいかも。うわー、自画自賛。
収録後、稽古場へ。事務所に届いていた私宛の郵便物をもらう。
毎日新聞埼玉支局チャリティー絵馬事展務局・・・なんじゃこれ?読んでみると、どうやら社会福祉に貢献するためチャリティー絵馬展に絵馬を出品しろってことらしい。題材は干支でもエッセイでも川柳でも座右の銘でもいいらしい。私の座右の銘「策士策に溺れる」でもいいのか?
それにしても今までの協賛者ってのがすごい。吉永小百合だの八代亜紀だの由美かおるだの麻実れいだの。俳優はもとより、歌舞伎役者も落語家も作家も、ザ・グレート・サスケも。そうそうたる顔ぶれが何百人と並んでいる。小劇場なんて誰もいないぞ?私もこの絵馬を出せば芸能界の一員なのか?送り先間違ったんじゃねーか?とよく見てみると「松永麗子様」になっている。ああ、いたなー、こんな芸能人。何やってる人だっけ?あとでネットで調べよう。でもちゃんとシリーウォークの住所になってるなー。どうしよう、描いてみようかしら廣川さんに頼んで。
7/25(火)
ぴあ発売日。載ってる載ってる「マツナガ宅」が!
・・・と喜んでいたのも束の間。ケラさんから演出助手君に「松永のホームページの稽古日誌を至急プリントアウトして送れ」との指令が。ケラCHECK!何も考えずにURL掲載してしもた。わし、明日怒られるんやろか・・・あ〜ブルー・・・。でもどうせなら全部悪口にしとくとか大嘘しか書かへんかったら良かったのに、と私の中の大悪魔は囁いている。
今日は朝11時から稽古スタート!いきなり遅刻する。こういう時に限って、ケラさんは時間通りに来てるのよ。
キャストを入れ替えて読み合わせをしたり、ギャグシーンのネタ出しをしたりする。大倉君の考えるネタは面白い。そして原さんの駄洒落はつまらなさ過ぎて大爆笑。もうオヤジ炸裂。原さんの駄洒落には、全員をずっこけさせる威力がある。
キャスト発表!私は三つの役を読んだんだが、お目当ての役にはならなかった。役の説明は相当なネタバレになりそうなので避けるが、葉子という名の“若い”女。まだ“女の子”って呼べるくらいの年齢な。きっつー。10年前の相手役小市さんとは今のところ一言交わす。でももう恋人役としてではない。
キャスト発表で稽古は予定より随分早く終了。次の仕事までの時間潰しにシリーウォークに行く。アプルの人からマツナガ宛にホームページのリンクのことで電話がかかってくる。事務所にかけても普段私はいないのに・・・なんで?どうやら役者だとは思われていないらしい・・・。
夕方、サントリー・サタデー・ウェイティングバーの収録に行く。雑談30分、収録10分。いいことだ。『ナイス・エイジ』のポスターを無理矢理貼って帰った。
7/24(月)
稽古二日目。
稽古にまだ体が慣れていないのでちょっとしんどい。今日もいっぱい読み合わせ。
稽古終了後、シリーウォークのミーティング。来年や再来年の公演スケジュールを聞く。再来年かあ、生きてるのかなあ。
ミーティング後、大谷亮介邸での宴席に加わる。めっちゃ疲れてるのに、やかましい人とビールが一杯だけ飲みたかった。でも本当に一杯だけで寝てしまった。10人以上もの賑わいの喧噪が心地よかった。
朝日が昇る前には無事帰宅。でも帰宅後ちょこっと仕事を始めたら、眠れなくなってしまう。ヤバイ。明日はキャスティング発表の勝負の稽古なのに。
7/23(日)
稽古初日。
と言っても、もうパンフの撮影やワークショップで散々会っているので、いつもの稽古初日の緊張感はまるで無し。
台本は三分の一くらいあるかな?上演時間の短い劇団なら半分あるなー。吉田日出子さんと渡辺えり子さんの二人芝居なら、これだけあれば丁度いい感じで終わるなーって長さね。それにしても出演者が多い。
7/13(木)
パンフ撮影。
朝一の組は6時集合だったらしい。私は10時。しかも小市さんのモーニングコール付き。
まあ色んな場所で撮影したよ。全員同じTシャツを着て屋外で撮影のため、某宗教団体と間違えられて警官が・・・という一幕もあったらしいが、私が参加してからはとっても順調に進む。12時間くらいは拘束されることになっていたのだが私は出演者中最短の5時間で解放される。
いいのか?あんまり写ってないよ?まあいいか。
今週のマツナガの7/10のところに書いた“邪念”の元凶が、数日前に結婚したと人に聞く。良かったー、電話しなくて。めっちゃ惨めになるところやった。
おー、なんかついてる気がするぞー!間違ってるか?
数ヶ月前、私と彼は「私、結婚するかもしれへん」「そうか、お前もついに結婚するか」という会話をした覚えがあるのだが、あたしゃ一向に結婚していない。むしろ結婚から遠ざかっている。ま、これは私が悪いんです、全部、はい、すいませんでした。
6/19(月)
ワークショップ最終日。
さあ、戦争物のエチュード。私とシカと原金さんのチームは、よくできたエチュードをやったけど、ああいうことでよかったのか?結局、笑えるやつの方が良かったんじゃないの?って気持ちになるなー、エチュードって。
もう一発別の長〜いエチュードをやってワークショップ終了。ちょっとした疲れと後悔が入り交じってなんとも表現しがたいけど、確実にブルーな気分。
シリーウォークの事務所に大倉君と共に行く。大倉君はナイロンホームペ−ジの色んなコーナーを覗きつっこんでいたが、結局何も書き込みはしなかったらしい。
次に裏稽古場日誌を書くのは、7月中旬のパンフ撮影時かな。
6/13(火)
結果的にネタバレになるかもしれないから、嫌な人はこの日誌読まない方がいいかもよ。
第二回ワークショップ。今日は1962年のエチュード。
「1962年の流行や情報よりも、1962年に生きていた人に見えるように」という無茶苦茶な注文。こんな難しいエチュードやらセルのは絶対ナイロンだけだ。生きてなかったから紙の上の情報しか知らないっつの。さすがに生きていた人達は水を得た魚のようだった。
次回は1943〜1944年のエチュード。つまり戦局が悪化していた頃。この時代は私のお得意ではあるが、それでも当時の人の喋り方まではわかりゃしない。
次回エチュードのためにその時代の雰囲気を仕入れようとTSUTAYAに戦争物のビデオを借りに行ったが、100円サービス期間中とかで1本100円で4本まで2泊3日しか貸してくれない。4本じゃ足りないし2泊3日でも足りない。出入り口に貼ってあったポスターには、6/1〜サービス期間と書いてあり、サービス期間はいつ終わるかわからないと書いてあった。おいおい。
それにしても事前にネタを仕込むとあっちゃあ、もはやエチュード(即興芝居)の域を超えている。これじゃ役者が書く寸劇だ。軽く台本でも書いておこうかというような勢い。
一週間で調べてネタを出しなさいって言われてるも同じなんだけど、いいのかなー?
疑問を持ちつつも、夜中にネットサーフィン。
とりあえず、私の班は江田島をネタにしようってことにしたので、江田島で検索。戦争の話は結構好きなので、どんどんはまっていく私。
「竹槍事件」って知ってる?絶対知らないよねー。これが悲惨っちゅうか、面白いっちゅうか、アホっちゅうか。陸軍と海軍がめっちゃ仲が悪かったってことを知らないと何が何だかわからないだろうけど、M.O.P.の芝居を観て背景を理解できるような人だったら是非お勧めしたい「竹槍事件」。内容は陸軍vs海軍・毎日新聞の攻防。
5/30(火)
9月公演『ナイス・エイジ』に向けてのワークショップ一日目。
今公演からの試みで、本稽古に入る前に、役者間のバランスを見たりエチュード大会をやったりするのな。
今回のゲスト男優陣は全員「太郎」が付く三太郎。
先日のチラシ撮影の写真も出来上がっていた。恐ろしく面白い写真だ。そしてその時に撮ったナイロンホームペ−ジ用の写真も恐ろしく楽しげだ。
今日のエチュード王は廣川さん。
夜、大山君が出ている猫ニャー『夜の墓場で運動』を観にTOPSに行く。またしてもナイロンの役者の上手さに感動。