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撮影:中西隆良
1996年に上演のナイロン100℃『ビフテキと暴走』のパンフ写真。
このときのパンフは、とにかく写真が素晴らしい!私も私じゃないみたいに可愛いぞ。
ちなみにこのパンフのみのすけさんの写真は、嘉門達夫に似ている。欲しい人はシリーウォークの方に連絡してみて下さい。まだあるかなあ?


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撮影:中西隆良
1997年12月に上演のナイロン100℃『フランケンシュタイン』のパンフ写真。
とっても気に入っている。この看護婦姿は私自身とても気に入っているが、私より、撮影して下さった中西さんが、気に入りまくっていて、この撮影の時も、パンフ写真とは別に、中西さんとのツーショットポラも撮った。
『フランケンシュタイン』の写真なので、怖い感じでという注文だったが、どうもエロエロの方に走ってしまった。この写真は、なんとか怖い感じで撮れている唯一の写真だ。ほかのは、エロエロ過ぎて、どうもなあ…。


1994年11月に上演のナイロン100℃『ネクスト・ミステリー』の衣裳資料用写真。
高本麻由子嬢製作の“マクドナルド夫人”の衣裳。
細かいところがハッキリしなくて残念だが、赤いジャケットの上に黒いジャケットを重ねてめくったって感じのもの。背中の方にも工夫がいっぱいで、イスにもたれることができなかった。
これは私が最も太っていた頃の写真でもある。この頃は、東京に引っ越して来て半年にもなっていないが、10kg太った。


1995年8月に上演のナイロン100℃ SIDE SESSION#2『カメラ≠万年筆』の宣伝用写真。
世田谷区の砧公演で撮影。
砧公演は事前に申し出ないと、撮影してはならない場所なんだが、勿論、申し出てなどいなかったので、巡回していた管理人に見つかってしまい、怒られる。人質に一人差し出した隙に、パーッと撮った。


撮影:中西隆良
2001年に上演のナイロン100℃『すべての犬は天国へ行く』のパンフ用ポラ。
左は撮影中、右は撮影終了後。この驚くべき爆乳の8割方はウレタンである。こう見ると、鎖骨辺りのアザが全く見えない。素晴らしい!詳細は「玲子のアザ治療日記」をお読みになってね。


撮影:中西隆良
1998年に初演し、2002年に再演したナイロン100℃『フローズン・ビーチ』のパンフ用写真。
サスペンス・コメディってことで、サスペンスをイメージしたポーズをとってるんだけども、私の発想がいかに貧困であるかが明らかになった一枚。


撮影:中西隆良
2003年上演のミュージカル『ドント・トラスト・オーバー30』 のパンフ用写真。
パンフは全身写真になったので、これは幻の一枚。
GSの頃のカワイコちゃん風にというコンセプトで撮影。このエメラルドグリーンのワンピースは、衣装の三大寺さんのお母様が若い頃に実際に着ていらしたもの。当時は洋服ってお誂えだったわけで、これもお母様サイズなんだけども、なぜか私にジャストサイズだった。持って帰りたかった〜!


撮影:中西隆良
2003年のナイロン本公演「ハルディン・ホテル」のパンフ用写真。
当初は、トランクに荷物が入り切らなくてムカついているというコンセプトだったが、私のムカつき顔はマジ怖なので、ムカついてるんじゃなくて、困ってるってことにして撮ったのが、左の写真。「犬みたい」ってことでボツ。いっそ、怒りが一周して笑っちゃってるってことにして撮ったのが右の写真。カメラマン中西氏曰く、「『収まりきらない女』ってタイトルでお見合い写真にしたら?」と。収まりきらない女を見合いでめとる男は居ない。


2004年夏上演の、ナイロン100℃「男性の好きなスポーツ」パンフ撮影時の一枚。
SEXがテーマの作品だっただけに、ヘアメイクさんやらカメラマンさん、その他のスタッフに力の限界まで頑張って頂いた。用意された衣装や下着もどれもこれも可愛くて「かわいいー!」とは言ったものの、「持って帰りますか?」と聞かれると、ううう、となる物だった。


2004年夏、冬のナイロン100℃本公演「消失」のチラシ撮影。
完成したチラシを見ただけではハッキリ分からないだろうが、実は、全員、死人のような白いメイクをしているのだ。真冬の話ということで、相当な厚着。