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春爛漫

春の暖かさに誘われて子供と近所のスーパーに買い物へ。
スーパーで野獣の様な叫び声をあげている4、5歳の男の子に度肝を抜かれる。
子供ってのは叫ぶものだし奇声を発するものだが、その声たるや尋常ではなく、まさに野獣。
祖母とおぼしきおばさんと一緒に買い物に来ていた様だが、声だけではなく行為にも度肝を抜かれた。
とにかく食品の棚によじ登るよじ登る(奇声を発しながら)、もちろん靴のままで幾つかの商品を踏みつけながら。なぜかおばさんはその子に何の注意もせず。
どついてやろうかと思ったがそこはこちらも面倒なことは嫌いな現代の大人である。保護者も店も問題としないなら、こちらも見て見ぬふりを決め込むのが現代の大人の現代の大人らしい振る舞いである。
しかしもしあれが自分の子なら承知しないなぁ。子供が騒ぐのも常識が通じないのも分かってはいるが、ものごとには限度というものがある。子供に常識や理屈が通じないからこそ、保護者にはその行動を無理矢理にでも制する義務があるのではなかろうか?個性の尊重にも程がある。
頭ごなしに叱るなとか、子供がやることを無理に止めるなとかって、なんかインテリ気取った教育論も聞こえてくるが、家の中ならともかく一歩外に出ればそこは社会、公共の場所だ。言って聞かなきゃ引きずり降ろしてでもやめさせるのが当たり前と思うのだが・・・。
もし子供がガソリンかぶって自分に火つけようとしたら、殴ってでもひっぱたいてでもとめるだろう。それともそれも子供の個性だからと「よく燃えてるわね○○ちゃん」とでも言って褒めるのか?
問題が店の商品が多少潰れたり汚れたりするだけだからいいと思ってるのか?
まあいいや。どーせ他人の子だ。我が家まで付いてきて奇声あげるわけでなし、こちらは現代の、平成の大人なのだ。見て見ぬふり、いちいち憤慨などしないのが一番である。
考えてみれば何等かの可哀想な病を持った子だったのかもしれない。見た目は健常者っぽかったが、見た目では分からない。しかし病があれば許されるのか?
いかんいかん、そこまで考えてやる縁も所縁もないのだ。無関心でいることこそが現代のいけてる大人なのだ。

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2007年03月29日 02:42に投稿されたエントリのページです。

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