松永 慶

松永 慶

 原稿依頼を受けて、改めて彼女の今日の有様を見て思い返すこと:
 演劇にのめり込んだのは、小学校6年生の学芸会で、「孫悟空」の三蔵法師を演じ、拍手喝采を受けた感動がきっかけだと思います。学芸会のことですから、カーテンコールやスタンディング・オーベーションとまではいきませんが、他の演目に比べ、大拍手だったのは事実です。
中学・高校・大学と演劇活動を続けてきたように思います。ただ大学(京都女子大)では、落研に籍を置いていました。一度、嫌がる彼女に私達両親の前で落語を演らせましたが、何とも間の取り方がまずく、聞いてられなかったことを記憶しています。
しかし、卒業後、就職した会社の恒例行事である大阪城の花見の宴で、周りがカラオケに打ち興じている中、上司の命令により、一席ぶったそうですが、筵の周りに人垣ができて、またまた拍手喝采だったとか本人がいっていたから間違いがないでしょう。
 今日のドシャ降りと評される就職事情の中では、勿体ないことですが、一流の会社に就職したのに、それを放り出して演劇の道に飛び込んでいく突飛な娘を見て、親として「極道者」と思わず叫びました。
私の友人たちは「今日の無気力な若者たちが多い中で、目的を持ってやりたいことに専念しているのは立派」と評してくれますが、「他人の娘だからそんなことが言える。自分の娘だったら果たして許すか」と私は反論しています。これ親の苦悩。
 百歩譲って、この道を歩み続けるのだったら、親の住む家を建ててくれとは言いませんが、完全に独り立ちして、それなりの幸せを掴めるくらいに徹底して大成してくれることを願わざるを得ません。
 常識的な親の考えとして、松田聖子じゃありませんが、お医者さんを含むお金持ちと結婚して、オーソドックスな安定した家庭を築いて、本来なら孫の二人や三人を持つフツウの幸せをと願っています。でもでももう遅い。
 以上親の嘆き節でした。